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生活と考察の記録

生活保護ケースワーカーと死者についての考察

死体遺棄罪について

死体遺棄罪とはいったいどのような犯罪なのでしょうか。実はわたしはあまり明確に理解できていません。ある死体遺棄罪が問われた刑事裁判の傍聴をわたしはしてきました。また技能実習生の刑事責任が問われた刑事裁判のニュースに触れるたびにこの問いは強まります。

 

死体遺棄罪の保護法益は死者への一般人の敬虔感情と言われています。一般人の感情が法的保護に値するとはどういうことなのでしょう。そして、技能実習制度はそもそも生者への敬虔感情を欠いている制度であるという思いがとても強くわたしにあるのです。このような制度の中で選択肢を奪われ、誰にも相談をできず、権力に抑圧された個人が刑事責任という究極の個人責任を問われてしまっています。果たして責任の所在をどこに置いて、どのように応答していくべきなのでしょうか。

 

江戸川区の遺体放置事件

江戸川区にて、福祉事務所が生活保護利用者のご遺体を数か月のあいだ放置した事件がありました。この件で担当ケースワーカーは停職の懲戒処分を受けているようです。

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厚生労働大臣の加藤氏は「処理がしっかり図られるよう引き続き助言・指導を行っていきたいと考えております」と言っています。また、生活保護問題対策全国会議も「生活保護制度の根本的運用改善の大きな力になりますよう、切に願って要望させていただいた次第です」と言っています。制度の在り方を問うているのではなく、運用に焦点を当てている点で両者は共謀しているとわたしは感じています。

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全国会議は「法1条、2条、そして18条に違反した違法な処理というべき」と主張しています。しかし、第18条は「できる」規定となっています。また、小山進次郎氏の『生活保護法の解釈と運用』によると、18条は葬祭扶助の範囲と対象を定めた条文です。もちろん扶養義務者からの葬祭扶助を含めて生活保護申請を拒否したとなれば明確に違法でしょうが、そうでない場合に福祉事務所に具体的な義務づけまでを定めた条文と解するのは無理があるのではないでしょうか。また、1条と2条に反するという主張は全ての生活困窮者を生活保護は捕捉すべきという理念的としてはわかりますが、法的責任を追及できるほどに具体的な義務ではないとわたしは考えています。

(葬祭扶助)
第十八条 葬祭扶助は、困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者に対して、左に掲げる事項の範囲内において行われる。
 検案
 死体の運搬
 火葬又は埋葬
 納骨その他葬祭のために必要なもの
 左に掲げる場合において、その葬祭を行う者があるときは、その者に対して、前項各号の葬祭扶助を行うことができる。
 被保護者が死亡した場合において、その者の葬祭を行う扶養義務者がないとき。
 死者に対しその葬祭を行う扶養義務者がない場合において、その遺留した金品で、葬祭を行うに必要な費用を満たすことのできないとき。

 

全国会議は「死後の葬祭については、まず、葬祭を行うべき扶養義務者がいるかどうかの調査とその結果に基づき葬祭の打診を行い、扶養義務者がいないときは、葬祭を行う者に葬祭扶助を行なうことになっています(法18条1項、2項)」とも主張しています。わたしには法第18条を何度読んでもこのような行動を取るべきと導き出せないように思います。さらに、もし仮に扶養義務者への葬祭の打診を行うことが法的義務であるとすれば、扶養照会を強化し、家族規範を強化することに繋がるでしょう。全国公的扶助研究会がケースワーカーを中心とする福祉事務所にアンケートを取ったところ、扶養照会を現行通り維持した方が良いと回答をした人の89%が「被保護者に何かあった際の連絡先把握」としています。そちらへの手当は何もせずにこのような主張を展開することは扶養照会の強化を後押しすることになるのではないでしょうか。

扶養照会アンケート調査結果(速報版)について | 豊かな福祉実践・研究活動をあなたと!全国公的扶助研究会

 

思うに、生活保護法の本旨は生者の健康で文化的な最低限度の生活を保障することです。それゆえに。生活保護法から死者との向き合い方を導出するのは困難だとわたしは考えています。

 

死後の法的世界はどうなっているのか

戸籍法では死亡届の届出義務者が定められています。また、死亡届の届出義務者から死亡届が出ないケースが増えているため届出義務者だけでなく、届出資格者が定められています。また、届出を怠った者があるときには催告をすることが可能です。そして、正当な理由なく死亡届出を出さない場合には過料に処される可能性があります。この催告が行われることは稀だと思いますが、催告は少なくともケースワーカーの所管事務でないことは明確だろうと思います。

戸籍法
第八十七条 次の者は、その順序に従つて、死亡の届出をしなければならない。ただし、順序にかかわらず届出をすることができる。
第一 同居の親族
第二 その他の同居者
第三 家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人
 死亡の届出は、同居の親族以外の親族、後見人、保佐人、補助人、任意後見人及び任意後見受任者も、これをすることができる。
第四十四条 市町村長は、届出を怠つた者があることを知つたときは、相当の期間を定めて、届出義務者に対し、その期間内に届出をすべき旨を催告しなければならない。
 届出義務者が前項の期間内に届出をしなかつたときは、市町村長は、更に相当の期間を定めて、催告をすることができる。
 前二項の催告をすることができないとき、又は催告をしても届出がないときは、市町村長は、管轄法務局長等の許可を得て、戸籍の記載をすることができる。
 第二十四条第四項の規定は、裁判所その他の官庁、検察官又は吏員がその職務上届出を怠つた者があることを知つた場合にこれを準用する。
第百三十七条 正当な理由がなくて期間内にすべき届出又は申請をしない者は、五万円以下の過料に処する。
第百三十八条 市町村長が、第四十四条第一項又は第二項(これらの規定を第百十七条において準用する場合を含む。)の規定によつて、期間を定めて届出又は申請の催告をした場合に、正当な理由がなくてその期間内に届出又は申請をしない者は、十万円以下の過料に処する。

また、葬儀はいったい誰が行うべきなのでしょうか。墓地埋葬法において葬祭執行者がない場合は市町村長が葬祭を行わなければならないとされています。なお、生活保護ケースワーカーの主な所管事務は生活保護事務であって、墓地埋葬法は別の担当者で所管をしている自治体が多いことに一定の留意が必要だと思います。

墓地埋葬法

第九条 死体の埋葬又は火葬を行う者がないとき又は判明しないときは、死亡地の市町村長が、これを行わなければならない。

 

身寄りがない人が死亡した際に、民生委員等が葬祭を執行し、葬祭扶助を支給すべきという主張をよく見かけると思います。しかし、厚労省は民生委員が自発的に葬祭執行をする場合には葬祭扶助を支給してもかまいませんが、行政から依頼して民生委員が葬祭執行した場合には葬祭扶助を支給してはいけないと言っています。墓地埋葬法によって対応すべきであって葬祭扶助で対応すべきではないというのが公式見解です。

 

しかし、実際には民生委員に葬祭扶助を支給している自治体が多いです。今回の江戸川区の事件の検証委員に選ばれた池谷秀登さんが『生活保護ハンドブック』で触れていたと思うのですが、民生委員に自発的に葬祭をすることを行政は依頼しています。そのため民生委員の自発的な葬祭執行に対して葬祭扶助を支給することはかまわない、という主張です。この数年間で自粛を要請するという不思議なレトリックがありましたが、このような不思議なレトリックで生活保護を運用している福祉事務所は多いです。

www.asahi.com

 

では、なぜ墓地埋葬法ではなく、葬祭扶助で対応する福祉事務所が多いのでしょうか。こちらは予算面のことがよく指摘されます。葬祭扶助であれば生活保護費として取られた大きな予算内でざっくりと処理ができますが、墓地埋葬法であれば年度内に何件かの見込みを立てて、その見込みを超える場合には補正予算を組む必要があります。また、葬祭扶助であれば自治体の負担は1/4のみだが、墓地埋葬法は全額負担になるということも指摘されます(これが個々の職員の行動原理に結びついているとはわたしはあまり感じませんが…)。さらに、墓地埋葬法は扶養義務者への求償などの具体的な運用に関しては不明瞭なことが多く、自治体で対応に苦慮していることもあるようです。以下のリンクをご参照ください。

https://www.cao.go.jp/bunken-suishin/teianbosyu/doc/tb_r1fu_12mhlw_85_87c.pdf

 

生活保護法は生者の健康で文化的な最低限度の生活を保障したものであるため、死後の法的対応についてほとんど示唆を与えない。そして、死亡届は届出義務者が法で規定されており、その実効性を担保するための催告などを行政が行えるようになっている。しかし、葬祭執行に関しては葬祭執行者が法定されているのは葬祭執行者がいない場合の市区町村のみである。その葬祭執行の責任のみが明確に規定されているが、そこに到るプロセス及びその後の求償など不明瞭なことが多い。

 

ケースワーカーは法的な指示が曖昧で、法的に支持されてもいない。市民課が対応するわけでもなく、墓地埋葬法の運用への接続がスムーズにされていないことも多い。思うに法的な整備が曖昧なまま、網目の粗いネットから漏れるたくさんのものをケースワーカーなり福祉事務所なりが埋めているのではないだろうか。ただでさえ生活保護利用者が死亡すると医療機関、扶養義務者、親族、家主、知人などとやり取りすることが多く、法的な支持がないためにストレスを抱えることが多いのではないだろうか。ここで問題が発生したときに、生活保護の「運用」のみならず、「制度」の在り様の問題を問い返したい。もちろん虚偽の報告をしたことや個人的な責任を免れない要素はあるかもしれませんが、ケースワーカー1年目で立場の弱い人の個人責任を追及するだけで本当に良いのでしょうか。また、確かに個人のみならず組織の責任も追及すべきではありますが、そのことで運用面の問題としてのみ捉えてしまうこともまた問題を矮小化してしまっています。

わたしの望み

わたしはどのような社会を想像/創造したいだろうか。それをわたしは考えたい。

 

わたしが望むのは、死後の対応の責任が個人ではなく、より広く開かれることです。ケースワーカーが懲戒処分という個人責任がすでに追及されています。葬祭執行までのプロセスは実質的に未整備のまま、葬祭執行が行われなければ個人責任を問われる社会をわたしは生きています。これは生活保護ケースワーカーにおいても技能実習生においても言えることです。

 

その中で墓地埋葬法が行政にとっても市民にとっても、誰にとっても使いやすいものになってほしいです。墓地埋葬法のアクセスビリティが高まって、葬祭執行を墓地埋葬法でやりやすくなってほしいです。そうすれば現行の生活保護法の対象外である技能実習生の方でも葬祭執行が無理であれば葬祭執行者なしとして、公的責任での葬祭が可能です。これは現行法でも十分可能な運用でもあると思いますが、もっとそれをやりやすくなってほしいです。生活保護の葬祭扶助を実質的に切り離したような制度の切り替えが可能になりえます。わたしは必ずしも岩田正美さんの『生活保護解体論』に賛同するわけではありませんが、葬祭扶助と出産扶助の実質的な切り離しは、そのいずれも刑事責任という形で個人責任を問われてしまうので急務だと考えています。

 

ちなみに今回は以上のような趣旨の記事ですので特に触れなかったのですが、江戸川区は事務処理で事件があり、その後に改善をしたためテレビ番組でも良い対応をしていると放送されました。ところが、最近になってまた別の事務処理懈怠の事件が発覚しています。今回は別の焦点の当て方をしましたが、福祉事務所自体も問題があるのだろうな、とは思っています。

www.nhk.or.jp

www3.nhk.or.jp

www.city.edogawa.tokyo.jp